本小説はフィクションであり、登場する人物、団体等は全て架空の物です。尚、実在の地域、地名、団体、組織等が登場する場合であっても、それらは全て虚構の世界を形作っているものに過ぎず、現実の世界とは何ら繋がりがありません。  発行者:シュマリ

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2007年12月14日

第9回 件名:冬のソナタより

2003−09−08 20:52
件名:冬のソナタより



おめでとうメールの返信行ってますか?
それとも忙しいんですか?
もし行ってなかったらゴメンナサイ。
メールください。
タグ:メール

2007年12月15日

第10回 件名:シュマリより距離を超えて

2003−09−09 07:34
件名:シュマリより距離を超えて



冬のソナタさんへ


30歳という年齢を冬のソナタさんがそんなにプレッシャーに感じていたのかと思うと、なんだかちょっと切なくなりました。
29歳も30歳も31歳も、昨日も今日も明日も、さっきも今もちょっと先も、みんなどれか一つが特別なんじゃなくて、どれも決して後戻りの出来ない大切な時間です。
でも、ともすればだらだらと無為に流れてしまう時間に区切りをつけ、時の流れの無情さや今この瞬間の貴重さを思い起こすことができるのは人間だけです。

先日「白線流し」というテレビドラマをやっていました。
そこでは高校を卒業してから7年、25歳という年齢にこだわっていました。
僕なんか20歳も25歳も30歳もただ何となく過ごしてしまって、とても立派なことを言えたものではありません。
高校生のまま年を重ねてしまったような気がします。
どうやって生きていったらいいのか答えを見つけるのは誰でも大変なことです。

現代は、一応なんでも自由に出来ると言っていいと思います。
しかし、自由に出来るということは、裏を返せば自分で全て選択し決めていかねばならないということです。
現実に選択可能かどうかはともかく、数限りない多くの選択肢を吟味し、その中から選び取っていくことということは、実はとてもしんどいことです。
職業は親父の跡を継ぎ、両親が決めた許嫁と結婚するなんていう方がどんなに楽なことか。
選択肢が限られていれば努力すべき方向もはっきりと見えてきます。
自由と不自由とどちらが幸せなのか一概には決められません。
でも多くの現代人は、既に自由の海に放り出されてしまっているのです。

人との出会いだって似たようなものでしょう?
毎日数限りない人とすれ違ってはいても、誰かと偶然のきっかけで出会うなどということはまずありません。
映画や小説の中では有ってもね。
小さな社会の方が、顔を合わせたり言葉を交わしたりする機会も多くなるし、自然と出会い知り合う機会も増えるはずです。
なんとかセミナーみたいなもので合宿したりすれば、自然と人間関係が深まり、連帯感も生まれます。
「あいのり」というテレビ番組のように、少ない人数でラブワゴンに乗って知らない国を旅していれば、恋も出来るし友情も生まれます。
隔離された小さな社会、同じ釜の飯を食った仲というやつです。
人間なんてそんなものです。
でもそこには根元的な人の関係があるのかもしれません。
但し、そうした人間関係が現実の社会に戻ってからも継続できるかどうかは、色々な条件があるでしょう。
また、中にはそんな人間の心理を悪用する奴もいて厄介なのも事実です。

小さな社会は人間関係がこじれると逃げ場が無くなってしまいます。
だからひとりひとりがよい関係を築くように努力しなけりゃいけないんですよね。
病院という所は、或る意味外の世界から隔離された小さな社会でしょ?

話は変わって、仏壇にお茶をお供えすることを「おチャトウする」って言いませんでした?
そういう僕も、初め「チャトウ寺」と発音だけを聞いていて、どういう字を書くのかな、と思いました。
そしてきっとお茶の「茶」にお湯の「湯」じゃないのかな、と見当をつけていたらそれが正解でした。

今僕が住んでいる所は神奈川県厚木市、伊勢原市のすぐ隣です。
茶湯寺は大山(おおやま)の山麓に近い所にあります。
大山は僕にとっては原風景の山(心の山)で、山と言えば大山の姿を思い浮かべます。
厚木で育った人はきっとみんなそうであるに違い有りません。
大山に近い伊勢原よりも、厚木からの方が遙かに美しく望めるのですよ。
冬のソナタさんにはそんな山がありますか?

因みに有名な厚木基地(厚木飛行場)は、厚木市にはありません。
厚木市のすぐ隣でもありません。
「厚木市に無くて厚木基地とは、こは如何に?浦安にありて東京ディズニーランドと言うが如し。」といったところでしょうか。
これについては誤解が多いんですよね。
それをまた助長するようなことを小泉今日子がやってくれちゃって、憤懣やるかたない思いです。
キョンキョンの実家は厚木市三田と言う所にあり、今僕のいる所から歩いて10分位の所です。
このことはまた機会があったら書きます。

東久留米のあたり東京都の中央部にはあまり縁が無くって、どんな所か思い浮かびません。
でも武蔵野といわれる所だから、雑木林や畑がきれいな所なのかな、と想像します。
そこでの半年には良い思い出が沢山あったでしょうか?
もしそうなら嬉しい事です。

神奈川県はいい所ですよ、厚木はとてもすてきな町です、なんて本当は言ってみたい。
でも昔に比べたらどんどんつまらなくなってしまいました。
美しい所もなくなってしまいました。
自然環境もますます貧弱になっています。
それでも遠くから望む大山の姿は美しい。
富士山が近くではゴミだらけであっても遠くからは美しいように。
だからもし冬のソナタさんが神奈川県にいらっしゃることがあったら、是非遠くから大山を見てください。

北海道へは一度だけ行ったことがあります。
10年以上前の夏、弟と二人、キャンプ道具を積んだ車で新潟まで行って、フェリーで小樽へ。
そこからまず札幌へ行きました。
札幌には数時間しかいないで、後は一日300キロ位移動しながら、駆け足で見て回りました。
とりあえず北海道がどんな所か知っておこうという感じです。
2回目3回目に繋げるつもりでした。
それが未だに2回目が実現できていません。
その時のこと、ご要望が有れば思い出せる範囲でお話しします。

かつての旅のことを考えていたら、行ってみたい所やってみたい事がいっぱいあったことを思い出しました。
さて、北海道ならどこへ行って何をしたいのでしょう?

厚木と札幌はずいぶんと離れていますよね。
こちらで残暑と涼しい日が交互に来ています、なんて言ってもピンとこない距離でしょ?
メールは一瞬にして届くから、すぐ近くの人に話をしている感覚なんだけど。
これが北海道と九州でも日本とアメリカでも同じなんですよね。
情報の伝達は遙かな距離を簡単に超えるようになったけれど、人間の身体感覚の方はついていけませんね。
超能力のテレポーテーションを獲得するか、スタートレックに出てくるような転送技術でも開発しなければ、このギャップは埋まりません。

ところで、生まれてきたことを素直に感謝できる冬のソナタさんは、幸せなんだろうし、そうしていればきっとずっと幸せでいられますよ。

家族でも身内でも葛藤は付き物です。
言いたいことを言い合って、それでもどこかでお互いに許し合い認め合わなければ、家族なんて簡単に崩壊してしまいます。
始末の悪い同居人か、仮面家族になってしまうでしょう。
家族も小さな社会なんですよね。
お祖母さんにも「おばあちゃんのここが好き、こんな事が嫌い」って素直に言えたら良かったのにね。
それからお母さんにも素直な気持ちを言葉で伝えたら、もっとお互いに幸せになれるかも。
以心伝心ということはあるけれど、言葉にしなければ伝わらない思いもあると思うから。

話をするように書いていたら、ずいぶんと長くなってしまいました。
飽きずに読んでもらえたでしょうか?
今日は、「空も飛べるはず」でも歌ってみようかな!?


シュマリより

P.S.
ごめんなさい。
色々書きたいこともあって、考えて、メールとしてまとめるのに時間が掛かってしまいました。
「冬のソナタ」最終回はハッピーエンドですか?
そんな単純ではないのかな?
僕にとって音楽は歌いたくなるかどうかが一番大切です。
と言っても人には聞かせられませんが・・・。

2007年12月16日

第11回 件名:冬のソナタin札幌


2003−09−10 23:48
件名:冬のソナタin札幌



シュマリさんへ

シュマリさん、こんばんわ。
なんかメールの返事を急かしてしまったみたいでごめんなさい。
メールの送信をした後でパソコンがフリーズしてしまったので、届いたかどうか心配だったのです・・・。
良かった届いていて。

30歳という年齢・・・やっぱり私にとっては大きいなぁ。
周りの人が言いたい放題言っているのをまともに聞いていたらきりが無いんですけどね。
シュマリさんが言っている通り昨日も今日も明日もあさっても大事な自分の時間を過ごしていて、タイムスリップなんて不可能ですよね。
大切な事だよなぁと思っているんですけど普段は忘れていて無駄に時間を過ごしていることが多いような気がします。
でも今年の9月4日は「わたしこれでいいの?」って自問自答したり「がんばれ!これからの私!」って自分自身にエールを送ってみたりいろいろな想いが錯綜してしまいました。
たまに掘り下げて考えすぎてワーッ!!ってなる時があります。
今回の誕生日もまさにこれです。

そうですよね自由ってすごく聞こえがいいけど、選択ですよね。
でも私はきっと自由に選択出来るように両親がしてくれていたのだと思います。
間違った方向に行こうとすれば「違うよそっちじゃないよ。こっちだよ」って知らず知らずのうちに修正されていたんだなぁとか思います。
私は勝気で猪突猛進で向う見ずな性格だと自分で診断しています。(笑)<嫌な女ですよねこれじゃあ>
いい所もありますよ。
たぶん色にたとえると暖色系かな・・・。
話がずれてしまいました。
そんな性格なものだから軌道修正するのは大変だったと思います。
これからも。

小さな社会がいっぱいあるんですよね。
ここでは常識だけどあっちに行ったら非常識だったなんてことがいままでにいっぱいありました。
特に今の病院ではありますね。
私は前の常識に捕らわれていて逃げ場がなくなってしまった1人です。
わからないけど私はいいものは良いしダメなものはだめです。
ダメなものは良くしようと一応は良くしようと頑張ってみます。
もったいないから。
損しているような気がするんです。
なんて言ってますけど尊敬する人からのウケウリでした。
でも実践できるように努力はしています。

今日は病院で敬老会の行事があってとても忙しかったんですよ。
きれいな洋服を着て、髪を整えて女の人はお化粧をして写真を撮ったり、おいしいお菓子を食べたりしました。
普段は見れない患者さんの笑顔が印象に強く残っています。
その準備段階で患者さんに怒られてしまいました。
何度も何度も繰り返し同じ事を言われたので私もついいらいらしてきつい口調になっていたのです。
「あなたのその言い方が嫌」って言われました。
それだけでしたけど。
すぐに謝って深く反省しました。
すると患者さんは何事も無かったように接してきたのです。
許してくれたのか忘れてしまったのか?
ちょっと判断に苦しみましたけど、たぶん前者だと思っています。
私よりも遥かに長い年月を生きてきた先輩なんだなと改めて思う出来事でした。

話は変わりますけど。
札幌と厚木・・・。
遠いですねぇ

私は生まれは千歳市なんです。
札幌から車で40分くらいの所にあります。
いい所でした。
野山を駆け回り、川で泳いだり、秘密基地を作ったりトムソーヤごっこをしたりして思いでは尽きないほどありますが、今はシュマリさんの所と同じようにつまらなくなってしまいました。
野原は家で埋まって、川の近くにはゴルフ場が出来て昔は魚も動物もたくさんみたんですけど、今はもう見ることもなくなりました。
悲しいですよね。
千歳市も空港が有名ですけど、実際は1時間半も車を運転しないと着かないんですよ。
シュマリさんの住んでいる厚木市はきょんきょんがらみの面白い話がありそうですね。
楽しみにしています。

東京にいた半年間は私の今までの人生観を変えるほどの出来事がたくさんありましたよ。
詳しい話はまた今度送りますね。
シュマリさんの北海道に旅行に来た時の話はとても興味があります。
私も北海道に住んで今までで一番長いですけど、行ったことの無い所がまだまだたくさんありますから。

なかなか一番近くにいる身内の人達って言葉にして伝えるのが気恥ずかしくってなかなか伝えられない言葉がたくさんあります。
シュマリさんは伝えられていますか?

「空も飛べるはず」って誰が歌っているのですか?
音楽っていいですよね。
全く知らない人でも音楽を通して一時だけでも心が通じ合ったような気になれます。
私の周りには音楽や劇団にかかわっている人たちが多いので観にいくだけでも刺激になります。
シュマリさんはギターはいつ頃からやり始めたのですか?

P.S.
「冬のソナタ」はハッピーエンドでしたよ。
久しぶりに誰も死なないハッピーエンドで新鮮でした。
また最初から見るんですよ。
飽きずに(笑)ではまた・・・おやすみなさい

冬のソナタより