本小説はフィクションであり、登場する人物、団体等は全て架空の物です。尚、実在の地域、地名、団体、組織等が登場する場合であっても、それらは全て虚構の世界を形作っているものに過ぎず、現実の世界とは何ら繋がりがありません。  発行者:シュマリ

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2008年01月08日

第27回 件名:シュマリより、「姓名判断」で検索すれば、無料のサイトも色々あるよ。

2003−10−06 01:23
件名:シュマリより、「姓名判断」で検索すれば、無料のサイトも色々あるよ。



冬のソナタさんへ


冬のソナタさんはおじいちゃん子だったのですね。
実は僕もそうなんですよ。
僕はおばあちゃんが亡くなったこの部屋(四畳半、六畳、八畳という続き部屋の真ん中の六畳間)で生まれました。
そして物心つく前からこの家にいることが多かったのです。
僕が子供の頃はこの六畳間におじいちゃんと一緒に寝ていました。
僕もおじいちゃんが大好きで、どこへ行くにもおじいちゃんと一緒でした。
畑にも、お寺にも、お年始にも付いて行きました。
そのころのエピソードも色々あります。
僕自身ははっきり覚えていないんだけどね。

おじいちゃんもおばあちゃんも僕と一緒にいたくて、東京にいた僕を迎えに来てこちらに連れてくることがよくあったそうです。
弟が2歳違いで生まれたので、口実はあったのでしょう。
だから僕は半分は祖父母に育てられたようなものです。
精神的な部分ではそれ以上だと思います。
僕も親元にいるより祖父母と一緒にいることの方が良くて、東京へ連れて帰られることが嫌で嫌で。
おじいちゃんが東京へ送っていっても別れたくなくて、駅からのタクシーの中で泣き叫んだりしたこともありました。
それでおじいちゃんは家で僕が寝入るのを待って、帰っていったりしていたと聞きます。

おじいちゃんは僕が高校1年の時に亡くなりました。
今ではおじいちゃんもおばあちゃんも、四畳半にある仏壇の中です。
3人で暮らしていたこの家に、僕一人が残されてしまいました。

焔さんは、おじいさんが名前に込めた<想い>の通りの方でいらっしゃいますね。
手紙からも太陽のような暖かさが伝わってきますよ。
君からの手紙を読んだ後は、何だか暖かい気持ちになって寝付くことが出来ます。・・・・・
お友達にとっても、焔さんは太陽のように大切な宝物のような存在ではないのかな?
だって、素敵なハプニングをもたらしてくれたり、愛のキューピットを務めてくれたり・・・・・。
でも時々太陽黒点活動が盛んになると、フレアーが出て、熱く成り過ぎたりして。

文通も交換日記も今迄したことがないし、こんな風に色々なことを率直に話した経験も無いから、ペンフレンドの位置づけは難しいです。
ペンフレンドと一般的に考えても、埒があきません。
friendとついている位だから友達には違いないんだろうけど・・・。
だから僕にとって冬のソナタさんはどういう位置づけなのか、と考えてみます。

僕の中では、個人的なことをこれほどお互いに話し合っていれば、もうそれで充分「友達」です。
たとえ一度も会った事が無くてもね。
ほとんど構えることも無く自然体で、こうして話したいことを話し、また聞いてもらえるという事は、君と僕の間で何か噛み合う所があるのだろうし、それは友達としては重要な条件かもしれません。
しかし、今迄にこんな風に話の出来る友達はいなっかたからなぁ。
これまでの友達の概念を飛び越えているんだよね。
もう少しよく考えてみます。

介護の掲示板を見ていて、冬のソナタさんにメールを書き、それがいつの間にかおしゃべりしているような感じになって、どんどん話が広がって、ずいぶんと長いメールを書くようになってしまいました。
一度も会ったことも話したこともない人なのにね。・・・
それで、何だか「ネットの罠」にはまってしまったようで、戸惑っていたのです。
でも冬のソナタさんと遣り取りしてきたことは真実のことだし、この中に僕の生きてきた現実の時間があるのも確かなのです。

「北の国から」の最終話に、出会い系サイトで出会った人に恋してしまった少年が、一日中ケータイでメールを打っている場面がありました。
父親だったか、大人がケータイを取り上げて、「周りを見ろ。現実の女に恋をしろ。」というようなことを言いました。
ネットにはその中の現実しか見え無くさせるような危うさがあります。
だから冬のソナタさんも思っていらしたように、僕も顔も知らない人とのメールの遣り取りを訝しく思っていました。
現実や生身の人間からの遊離を恐れたのです。

ところで、顔を合わせたり言葉を多少とも交わしたことがあるからといって、その人とメールを遣り取りするようになるのも難しいですよね。
例えば、僕がメールアドレスの名刺を作り、会った人に渡して「メル友になって!」なんて言っていたら、変でしょう?
相手が女性なら「ナンパ?」と思われるだろうし、男性なら「ホモか?」と思われるかもしれません。
「友達になって!」と言って友達を作ろうとするのはどこか無理があるからです。

冬のソナタさんとはいつの間にか「ペンフレンド」になっていました。
これはもしかすると理想的かもしれません。
メル友を探すために介護のサイトを見ていたのでもないし、冬のソナタさんへメールを書いた時もそんなつもりは全く無かったのですから。
僕はあの時、自分が経験し、感じ、考えた事をまとめて誰かに話したかったのです。
そしてそれが少しでも他の人が考えるのに役立てばいいな、と思っていました。
掲示板の誰かにメールするか、或いは掲示板に書き込むか、どうしようか?
でもパソコンの前に座った時には、なぜか冬のソナタさんへメールを書き始めていたのです。
本当に偶然です。
あの時冬のソナタさんへメールを書いていなかったら、恐らくそのまま書かなかったでしょう。
実際、他の人にはあの後メールは書いていないのですから。

メールとはいえ、手紙を書くことは大変でしょう?
僕は書きたいことを書いているだけだけれど、それに冬のソナタさんを付き合わせてしまっているんじゃないかと不安に思っていたのです。
君の大切な時間を奪ってしまっているんではないかと。

そしてもう一つ大きな不安。
始め有るものには必ず終わりも有ります。
何時かこうしたメールの遣り取りも終わりにする、或いは終わりになる時が来ることを考えてしまったのです。
顔を合わせたりしなくとも、こうして膨大な遣り取りを続けていれば、人間関係は深まってゆきます。
恋人同士だってこれほど密度の高い遣り取りはしていないんじゃないのかなぁ?

まあ、先のことを考えていたら何も出来なくなってしまいますから。
行き着く所まで突っ走りますか?
突っ走るのは冬のソナタさんも得意でしょ?

話は変わって、僕にとっての内田有紀ちゃんの話。
内田有紀が理想とも言い切れないけど・・・。
この間は水野美紀もいいなと思ってた。
何れにせよ、僕の目の前にお姫様は未だ現れておりません。
「そんな人、どこかに居る?」って聞いたでしょ!
考えてみると、高校生位までは純粋に人を好きになることが出来たような気がします。
でもそれ以降はね・・・。
特にバブル以降は世の中なんでも金でしか価値判断しなくなって、・・・。
人を条件やスペックでしか見ないような風潮やあからさまな欲望や・・・、そんな世の中から逃げていたんですよ。
だからどこかにお姫様がいても、出会う機会はなかったんじゃないかな。

ところで、冬のソナタさんは小心者だったのですか?
覆面パトに追いかけられながら190km/hで疾走出来るのにね!
当たって砕けろ、のタイプかと思っていましたよ。
本当は、待っちゃうタイプ?
正直者だからゲームのような恋愛は出来ないんだね。
・・・・・なんかギャップを感じます。
普段は決断力や行動力が有るように見えるのに、ある場面(恋愛だけ?)では急に萎えてしまうようですね。
・・・・・もしかすると、みんながイメージしてる<焔さん像>に応えようとし過ぎてません?
本当は優柔不断な所があったり、行動する前に躊躇したり怖がったりすることもあるのに、それをみんなに見せないようにしているのかな?

イメージと言えば、聖子ちゃんとは合わないキャラってどんなキャラなんだろう?
「大切なあなた」という曲は思い出せないけれど、冬のソナタさんの手紙からは、そんなにひどくかけ離れたキャラは感じられなかったんだけどな。
「30になったらキャラも変わったの!」って切り返したら?
それにしても、みんなが君のキャラに一番合っていると思うような歌手や曲を、是非聞いてみたいな。
それから、バンドを組んでいた頃は何を歌っていたの?

少しずつ富士山のことも書いていきましょう。
富士山の高山植物は、ほかの山と違ってあまり有りません。
富士山はまだ若い山なのです。
最後の氷河期はおよそ1万年前に終わり、富士山は数千年前の噴火によって今の形になりました。
高山植物というのは氷河期の遺物と言ってよく、地球がだんだん暖かくなるに従って、高い山に取り残されていったものなのです。
だから寒い北海道では、標高の低い場所で、本州で高山植物と言われているものの仲間が見られるでしょう?

標高2400m以上では火山荒原となっていて、背の高い木はありません。そこにはちょっと変わった荒原植物が生えています。
8月の末に登ったら、トリカブトの仲間がきれいだったこともありました。
また、富士山にはハイマツが有りません。
代わりに唐松が自然条件に耐えて、枝をくねらせている所があります。

さて、仕事として他人を介護している人の「死」に対する気持ちは、僕が聞いてみたいことの一つでした。
後悔は何時でも有って、後になって胸を締め付けます。
おじいちゃんに対しても、親父に対しても、おばあちゃんに対しても、犬や猫に対しても・・・・・。


郵便番号***−0212の シュマリより

P.S.
犬の名前は「ミー」と「ハチ」、猫の名前は「チョビハン」、「トラ」、「ミッケ」、「ウッチン」、「クロ」、「タヌコー」です。
猫は、3年前にはチョビハン1匹だけだったんだけど。
犬や猫の系譜も話し出したら本当に何キロバイトになるか分からないので、何かの機会があったら話します。
デジカメが有れば画像も送れるのにね。

積み残している話題が沢山あるので、暇を見付けて文章化してストックしていたのだけれど、手紙を遣り取りすればする程積み残しが増えてしまう感じ。
返事は早いほうが嬉しいでしょう?
ストックがあって早く書けそうな時には早く返事します。
でも冬のソナタさんはそれに拘わらず、負担にならないペースで返事下さい。
せっかくペンフレンドになれたのだから、あわてずに続けましょう。
冬のソナタさんに何をどう書こうかと考えている時も楽しいですよ。

本名で呼びかけるのは何だか照れくさいような気がしていたけれど、「焔」さんはそれ自体ハンドルネーム向きなので、それほど感じ無いなぁ。
ただ「冬のソナタ」さんからイメージする面も君の中に見えるので、どちらを使うか考え中。

身内以外で「としちゃん」と呼ぶのは、今では小さい頃を知っているごくわずかの人だけです。
「としちゃん」と呼んでくれる人が増えるのは嬉しいけれど、やはりちょっと気恥ずかしいかな〜。
「シュマリ」はアイヌ語そのままを使ったのではないのです。
きっと孫引きじゃないのかな。

エスニック料理が特に好きという訳ではないのだけれど、今は色々な食材が手近な所でも手に入るようになったからね。
食べ物も文化だから、何でも試して世界を広げていかないと。
パクチー(コリアンダー)はそのものを食べたことはないけれど、料理の中のものは特に気にならないなぁ。
料理本を見ることもあるけれど、この頃は面倒くさくていい加減に作って失敗、ということも・・・。

「冬のソナタ」のロケ地巡りツアーが好評だそうです。
或る小さな会社のツアーは、有名観光地もお土産屋さんへも行かず、3泊4日で12万円だって。
行ってみたい?

畳の上に3cm位の小枝が・・・。
摘むと柔らかい。
シマシマもある。
こりゃ、トカゲのシッポだ〜。
ネコがまた捕って来ちゃったんだなぁ。
これでもう何匹目だろう?

結局、ストックしておいた分だけ長くなっちゃった。
posted by シュマリ at 16:46| 北海道 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | “冬のソナタ”さんへの手紙 第1部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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