2003−10−04 20:48
件名:冬のソナタより。名前占なった事あるの?
シュマリさんへ
読み方当たってたみたいですね。
文字パレットで調べてみたんだけど「???」音読みも訓読みも違うな〜と思い、なんとなくこう読むのかなぁ?と言う感じで読んで見ました。
なんて読むかわからないのは同じですね。
私も名前は「これ何て読むの?」なんて100万回ぐらい人に言われ続けて来ているからもう慣れっこです。
私の名前を聞いても反応しない人は、話を聞いていないか興味が無いかどちらかだなって思っちゃうくらいです。
電話で説明する時も何度も「はぁ?もう一度お願いします」なんていわれます。
「火曜日の火を縦に二つ並べたほのおじゃなくて、‘ひへん’のほのおです。旁(つくり)に旧という字が入ってます!」なんて説明します。
シュマリさんの「肇乙」は本当にそのまま見ても読めないし説明すると長くなっちゃいますよね。
あっ、これから何て呼ぼうかな?
「としちゃん」って呼んじゃおうかな?
いい?(笑)
でも、う〜んやっぱり「シュマリさん」がしっくりくるから、これからもこの呼び方でよろしくね。
私の名前はおじいちゃんが付けてくれました。
おじいちゃんにとって私は初孫だったのでメロメロに愛されっちゃったそうです。
私もおじいちゃんは大好きでした。
誰が名前を命名するかで喧嘩したそうですよ。
でも両親が折れて、おじいちゃんに譲ったそうです。
もし両親がつけていれば「波(なみ)」になっていたんだって、お母さんが話してくれた事があります。
私の名前には由来があってそれは・・・地上にある焔<いつか消える焔>ではなく太陽のコロナみたいにずっと永遠に燃え続ける「焔」なんだっておじいちゃんが何度も話してくれました。
私はこの名前を誇りに思っていて、じいちゃんの形見がこの名前です。
呼ばれていたあだ名は小さい頃は近所のおばちゃんに「ほーちゃん」って呼ばれていたな。(懐かしいなぁ。)
中学校に入って、英語の授業を聞いた男子が「ファイヤー」って言ってたな。(ムム〜ゥ怒!この頃は名前が嫌だったの。)
今は「ほのお」って呼ばれることが多いです。
昔の愛称(シュマリさんだったら「としちゃん」私だったら「ほーちゃん」)で呼ばれるとなんだか気恥ずかしい気持ちになりませんか?
でも心が休まるかも。
ペンフレンドは友達か?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうだろう?
シュマリさんも書いていたけど、友達にも言ってない事とか言っちゃってるからなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・友達?・・・・・・・・友達?・・・・・う〜〜〜ん、どうだろ?(一休み中)・・・・・・・いまだかつてないからなぁ・・・シュマリさんはどう思う?
内心ドキドキだったワケは、(「話す事は尽きないって書いてあるけど、本当に?このままメールが来なかったらヤダナ。どうしよう・・・まだ話したい事たくさんあるのに。私、何か変な事書いちゃったかしら?」)以上心の声でした。
考えすぎた!?
シュマリさん何か無鉄砲なことやっちゃったんですか?
文からはそんな風に1mmも感じられませんよ。
でも親御さんが言うんだったらそうなのかも?
シュマリさんの無鉄砲話ききたいなぁ。
では私の無鉄砲話をしますね。
バイクの事です。
え〜と若かりし日の遠い思い出です。
スピードは190q/h出ましたよ。
それで覆面パトカーに追いかけられちゃいました。
それでウィリーは失敗。
後ろにひっくり返って2週間の入院。
退院した日にバイクに乗りお母さんに泣き怒りされました・・・・・・などなど。
これ以上言うとひかれてしまいそうなので止めておきます。
でもその時は楽しい!と思っていたのでしょうがないか。
「A River Runs Through It」は見たことがあります。
それで思い出したんですけど、私の昔の上司が、人生を川の流れに例えて話してくれた事があります。
たしか19歳くらいだったと思います。
今思うとその時の私は何か生き急いでいるというか焦っているように見えたんだと思います。
何に?と聞かれると思い出せないんですけどね。
言われた時は半分くらいしか理解してなかったんですよね。
わかったつもりだった。
でも今になってやっと理解できたように感じます。
たとえ話の忠告だったんですよねきっと。
ちなみに私の母なる川は「千歳川」です。
お父さんの釣りはおもに湧別川、余市川での鮎釣りです。
ここ数年はゴルフに夢中で行ってないみたいですけど、たまーにポツリと「四万十で鮎釣りしたいな〜」なんて言っています。
そういえば千歳川でも釣りしてたなぁ、それで「ウグイ」(食べてもまずい)が釣れたら、飼っていた猫に茹でてやって、夢中で食べてたなぁ。
さわったらすごい形相で引っかかれてしまった・・・。
なんて事を思い出してしまいました。
今は犬を飼っています。
シュマリさんは犬と猫を飼っているんですよね?
名前はなんていうんですか?
理想ってあんまり無いかも。
好きになった人が私にとっての王子様だなぁ。
私にとってのブラット・ピットかぁ・・・・本当・・・いつ現れるんだろう・・・・あ〜ぁなんだか切なくなってきたよ。
悲しくなってきたので「次、行ってみよう!」
自信?ないない!
好きな人に好きって言えない小心者だよ。
自信があったら本命に言えばいいんだもん。
私に「好きなんじゃないの?」って言われた男の人はシュマリさんみたいに「やめてくれ」って言う人もいれば、冗談に乗ってきてくれる人もいて反応は様々だよ。
好意をもたれた事はあるけど、それは友達としてってことだと思う。
うんきっとそうだよ。(気がついていないだけ!?)
キムタクみたいに(想像だけど)あっさり振った事は無いかな?
でも遠まわしに言われてもめちゃんこ鈍感だから気づかないかもしれないなぁ。
そういうシュマリさんにとっての内田 有紀ちゃんはもう現れましたか?
「死」の受け入れって難しいですよね。
一言で言うととっても簡単だけど・・・・。
先々日、病院の患者さんが永い眠りにつきました。
その人はもういないのはわかっているはずなのにいつもの通りの朝が来て、いつもの通りの風景で、いるはずの無いその人の部屋へ食事を持って行ってから「あぁもういないんだ」って気づいたりして・・・・・。
他人でさえこんな気持ちになるのにまして一番近くにいた人のことだったらなおさらですよね。
シュマリさんと同じような想いを私もしたことがあります。
私はおじいちゃんなんですけど、私が介護の仕事を始めた原点とも言えます。
ちょうど私が高校受験の冬だったんですよね。
後悔の念がある苦い思いをしました。
私は今でもおじいちゃんがすぐそこにいるような変な感覚になる事が時々あるんだよね。
この話は長くなりそうなので、この次にしますね。
今思うと、「こうだったんだなぁ」とか「こうすれば良かった」とかって思いますよね。
どうする事も出来ないんだけど・・・。
これを後悔って言うのかな?
でもすべて想像の世界ですよね。
よく言おうが悪く言おうが、その人はもう近くにはいないから。
こうやってわりっきって考えれたらいいんですけど、なかなか人の心はそうはいかない物です。
今日はこれでおしまい。
P.S.
オトシブミって初めて聞きました。
たぶん目にしていても気がつかなかったのでしょう。
それを「落とし文」と読んだシュマリさんはいろいろな角度から物事をみられる方なんですね。
私には出来ない事だからうらやましい反面尊敬です。
それにしても「落とし文」って名前を付けた人はとてもロマンチックな方だったんでしょうか?
私の想像では、その手紙を書いた人が大切な人に渡すために、とても長い道のりを歩いて、途中、風がいたずらをし、その手紙は飛ばされてしまった。
そしてその手紙は大切な人に渡らずにクリの木の下に落ちて「オトシブミ」となった。
ちょっと悲しいかな?
でも何か由来があってもいいような素敵な名ですね。
北海道にもその手紙は風に飛ばされてきたのでしょうか?
私にはちゃんと渡っていますよ。
速野 肇乙さんという名の落とし文としてね。
東久留米にいた時の季節は冬でした。
彼岸花は残念ながら見られませんでした。
私は何に気がついていたのでしょう?
シュマリさんはアジア系の食べ物が好きなんですね。
パクチー好きですか?
私はどうもあの味が苦手です。
料理をする時、料理の本を見ながら作っているんですか?
私はどうも丼勘定なので適当に作ってしまい、成功する時と失敗する時の差が激しいんです。
それにしてもシュマリさんの作る料理はおいしそう!
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2008年01月01日
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