2003−10−01 21:35
件名:シュマリより、名前は難しい、占うともっと難しい。
冬のソナタさんへ
ピン・ポーン・・・ご名答。
確かに「はやの としお」です。
調べてみた?
音読みでは「チョウオツ」です。
ほとんどの人に「なんて読むんですか?」と聞かれます。
「はじめおつ?」
だって馴染みのない読み方なんですから。
何でこんな名前を付けたのか。
親が知り合いに付けて貰ったらしいんだけど。
「としお」という名前が先にあって、姓名判断上一番良い漢字を考えていたらこうなっちゃったのかなぁ?
「肇」(はじめ)は長男だから入れたんだろうし。
「乙」も「一(はじめ)」に通ずるから、同じような意味なんだけどな。
電話とか会話とかで「どういう字を書くのですか?」と聞かれて説明するのがまた面倒で。
「そうは読まない漢字なんだけどそう読ませています。」って前置きしてから、昔は「“”ハナ肇”の“肇”に“甲乙丙丁”の“乙”です。」と答えていたんだけれど、ハナ肇も死んでだいぶ経って知らない人も増えているだろうし・・・。
最近は「手紙の“拝啓”の“啓”の字の“口”の部分が[ふでづくり]の“肇(はじめ)”という字です。」と言っています。
ひどい場合は、「“ガラス戸”の“戸”を書いて、その横に片仮名の“ノ”を書いて漢字の“又”を書いて、更に下に“書く”という字の“日”の上の部分を書いて、縦の棒を下まで突き通して」なんてね。
「永歳 焔」、いいお名前ですね。
名字との視覚的なバランスがとてもいい。
文章から受ける君の印象には本名の方が合っているかも。
そのまんま読んで「ほのお」ですか?
それとも「ほのほ」?
「ほむら」?
「もえ」?
はたまた「エン」?
男の子にもいいかもしれないけど、マンガの主人公に、なんかありそう。
男でも女でもどちらでもいいように用意してたのかな?・・・・・何れにせよ触ったら火傷しそうです。
もうみんなに言われてるよね。
考えてみると、これでやっと[知り合い]になれましたね。
結構もういろんな事を「知り合」ってはいたけれど、「知り合う」というのは通常、名前を「知り合う」事から始まりますから。
ところで、ペンフレンドは友達とは違うんだろうか?
あだ名はどんなものがありました?
僕は小学校に入ってからは「はやの」だから「はや」と呼ばれることが多かったなぁ。
でも身近な人や親戚や近所の友達には「としちゃん」と呼ばれていました。
おばあちゃんの兄弟も、その子供(つまり母の従姉妹)も年下の従姉妹もみんな「としちゃん」と呼んでいて、それは今でも続いています。
何年経っても、いくつになっても「としちゃん」は「としちゃん」のままです。
ハンドルネームは、「シュマリ」でも「肇ちゃん」(知らない人が見たら「はじめちゃん」だ)でも「はや」でも、お好きなものをどうぞ。
ペンフレンドを続けるかどうかでそんなに「内心どきどき」させるようなこと書いたかな?
「まだ、なんか話すことは尽きないようで・・・。」って書いた位だから、続けたかったのですよ。
「もう止めにします」って書くと思った?
不安とか躊躇とかその辺のこと、それから人付き合いのこと、横のつながりのこと、また改めて書きますよ。
僕も子供の頃親から「内弁慶」だと言われ続けていました。
確かに冬のソナタさんと似ています。
だけどその後が似てないよ〜。
・・・・・でもここ十年位、親から「お前は無鉄砲だ。」と言われることがあるんだよね。
・・・・・やっぱりどっか似てる?
バイクでは180km/h位出た?
ロードバイクでウィリーは難しそうだけど、カッコ良く決まった?
でもそんなこと、女の子がふつう考えるか〜!?
ブラッド・ピットと言えば、「A River Runs Through It」(ロバート・レッドフォード監督)という映画を見たことがあります。
ブラッド・ピットが出演しているものとしてはこれしか見ていません。
映画を見に行くということがほとんどない上に、レンタルビデオを借りるということもないので、たまたまテレビで放映したものを見たという訳です。
ブラッド・ピットは、ロバート・レッドフォードの若い時の雰囲気に似ていて、もう少しやんちゃな感じがしました。
何時までも変わらぬ美しい川と宝石のようなトラウト(鱒)。
悠久の自然を感じます。
そしてそのトラウトを釣り上げる方法が、それ自体芸術的で且つ哲学的なフライ・フィッシングなのでした。
釣りという行為が、人と自然との融合を導きます。
悠久の川の流れは、どこを流れ続けているのでしょう。
「It」とは人生でしょうか?
家族の歴史でしょうか?
或いは想い出でしょうか?・・・・・
またこの映画を観てみたくなりました。
日本にもそんな美しく何時までも変わらない川の流れが、身近なところにあったはずです。
人々が釣りをし、水浴びをし、まどろみ、夕涼みをし、眺めに行くような川が。
そして山も、海も。
冬のソナタさんのお父さんは、釣りをなされるのですか?
北海道なら、イワナ、オショロコマ、鮭、鱒の仲間、そうそう・・・イトウもいますね。
冬のソナタさんの理想はブラッド・ピットだったのですか?
冬のソナタさんにとってのブラッド・ピットが一刻も早く目の前に現れて、「私のこと好き?」と聞くことが出来るようにお祈り致しましょう。
好きでもない人に「私のこと好きなんじゃない?」なんて聞いていては、伝家の宝刀も台無しだぁ。
でも相当自信がお有りなんですね。
たとえ冗談でも僕にはとても言えません。
キムタクなら言ってそう。
「お前、俺のこと好きだろ。」なんてね。
そして女の子が俯いて「えっ、・・・・・う、ウン。」って答えると、「ヤッパね。そうだと思ったよ。・・・ま、気持ちは有り難いけど、・・・ワリィな〜、ほか当たってよ。」・・・・・・・俺も言ってみてぇ。
ところで、冬のソナタさんが冗談で聞くと聞かれた男(の子)はなんて答えたのですか?
僕だったら本当は好きでも、そんなことはおくびにも出さないな。
「お前のことなんか絶対好きなわけないだろ!ヤメテくれよ。」・・・・・なんか似たようなことが中学生の時にあったなぁ。
中には突然告白させられた男(の子)もいたんじゃないの?
それをキムタクみたいにあっさりふっていたりして。・・・・・
罪作りな事してなかった?
先日、ふとおばあちゃんのことを思い出しました。
便所(トイレという程洒落ていない)へ続く裏の廊下を、便所から出てきたおばあちゃんが右の障子と左のガラス戸(古い家なので、ここはサッシになっていないのです)の桟(さん)を手で伝って、歩いているところです。
骨粗鬆症で曲がってしまった腰で、前かがみになりながら一歩いっぽ歩いていました。
百姓をしていたから驚く程強い力の腕と手。
二の腕の皮がたるんでいました。
外反母趾(長靴を履いて長く百姓仕事をしたためにそうなってしまったのです。)で平びったいしっかりした足、スネには静脈が浮き出ていました。
そんなおばあちゃんの肩や足をつかんだ時の感触が、僕の手に蘇ってきます。
ずっと毎日その廊下は歩いているのに変ですよね。
おばあちゃんが死んで、僕は全く現実感が有りませんでした。
だからおばあちゃんを思い出すという感覚もありません。
今でも似たようなものです。
おばあちゃんはいつでもこの家にいて当たり前の存在で、死んだからといってどこかへ行ってしまったようにも思われません。
ただ長期不在が続いている、といった感じです。
でもおばあちゃんのことを思い出すようなことがあるということは、少しずつその「死」を受け入れてきたということでしょうか?
そして思い出すことも少なくなって、お別れが出来るのでしょうか?
思えば、丁度去年の今頃(9月の末)でした。
夕飯を美味しいといって食べ終えたおばあちゃんが、しばらくして吐いてしまい、それから気持ちが悪いと言い出したのは。
恐らく軽い脳梗塞があったのでしょう。
それからは全く食べ物を食べられなくなり、立つことも全然出来なくなりました。
右手、右足に多少麻痺があり、言葉もはっきりしなくなりました。
食事については、母が牛乳を少しずつ与えたりして、次第に回復しました。
言葉も次第に戻ってきました。
でも、立つことはかないませんでした。
寝返りもうまく打てません。
この段階になって初めて介護保険を使うことになりました。
レンタルの介護ベッドを入れ、訪問看護をお願いし、ヘルパーさんに来て頂くようになったのです。
それは10月中頃のことです。
それから生活はがらりと変わりました。
今考えるとそれからの7ヶ月強は夢の中の出来事のようです。
きっとこれから、去年の体験を季節と共に思い出し、おばあちゃんの一周忌まで追体験していくのではないかと感じています。
そうして初めておばあちゃんの死を受け入れられるのかもしれません。
昨年の夏は暑すぎました。
おばあちゃんは食欲もあってよく食べていたからあまり注意してこなかったのだけれど、きっと水分が不足していたのだと思います。
あまりお茶を飲む人ではなかったし、トイレに行くのをおっくうがって、水分を取らないようにしていたのかもしれません。
そしてそれがボケを7、8月に加速させ、9月末の事態へと導いてしまったのだと思います。
ちょっとしんみりしたところで、おしまい。
郵便番号243−****の シュマリより
P.S.
先日ウチの畑でクリ拾いをしていたら、地面にオトシブミの揺籃(ゆりかご)を見付けました。
クリの葉を葉巻状に巻いたもので、直径1センチ位、長さ4〜5センチ位ありました。
この中には卵が産み付けてあります。
幼虫のゆりかごであり、食料であり、成虫になるまでの子供部屋でもあるのです。
本当に小さな(5ミリ以下)の甲虫がアゴと足を使って若葉に切れ目を入れ、折り、巻いていったものです。
「落とし文」・・・なんて美しい名前を持った昆虫でしょう。
僕の手紙が、冬のソナタさんにとって素敵な「おとしぶみ」であればいいのですが。
9月のお彼岸の頃から今頃まで、この辺りではヒガンバナの真っ赤な花が咲きます。
正に彼岸花です。
冬のソナタさんが東久留米にいらした時に見かけませんでしたか?
9月にはまだ転校してなかった?
ゴキブリは兎も角、君は本州の多くの地域で見かける秋の風物詩に気がついていたんですよ。
そのことはまた書きますね。
神社での結婚式については、旅の中での記憶もあります。
これもまたにします。
昨日はタイのグリーンカレーを作りました。
あまりに辛すぎるので、ココナッツミルクをたっぷり入れ、更にヨーグルトもたっぷり入れました。
それでもかなり刺激的!!
sponsored links
2007年12月31日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/75676608
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/75676608
この記事へのトラックバック

